「これを踊ります」と
「私がこれを踊ります」の間には とても大きな違いがあります
「私が」という主語があるかどうか その違いは 表現の差となってあらわれます
こんにちは、あなたの動きの可能性をひらく
踊るアレクサンダー・テクニーク教師
ダンス・キラメキストのさちこです
久しぶりにバレエの発表会を観てきました
ATの仲間がバレエの先生をやっているのです 子供達がとてものびのびと踊っていて可愛かった♪
私はいつも後ろの方で全体を見ているのですが 乱視のブレた視界でも
表情とか雰囲気はよくわかります
そうすると 上手に感じる子は「自分」があります
踊っている「自分」がそこにいるのです
「私が この振り付け&曲を踊っている」
その「私が」がちゃんとあります
踊ること自体に必死になっている人 何かを心配している人と 「私が」そこにいて踊っている人とでは 存在感や伝わってくるものが全然違います
意外と小さい子供の方が 「私 ちゃんと踊ってるよ!」 そんな主張が見えてきたりして・・(^^)
「あなたにこれを説明する」と 「私が あなたにこれを説明する」
ちょっとした日常のことにも 「私が」をつけた言葉で考えながら動くと 質感が変わってきます
私が
今ここで
あなたに楽しんでもらうために
踊る
そこから多くのものが生まれてきます
あなたには いつもそこにいて欲しい 「私が」そこにいて欲しい
ダンスは自分を表現するものだから